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裁判所事務官面接試験後記3
【一問一答のようなもの】
以下については試験直後(4時間後くらい)に書きました。
実際のものと一言一句同じというわけにはいきませんが、大筋以下の通りでした。
基本的に『』が面接官の方の発言、「」が私の発言。

*開始前~具体的な質問が始まる前
まず案内してくれた方に
『呼び出しベルが鳴ります。向かいの部屋はベルが2回、こちらは1回鳴ります。ベルが1回鳴りましたら入って下さい。』

“チーン”

ここで聞きもらす。

向かいの部屋の待機している方が「今、鳴った気がします。。。」と教えてくれる。
「あ、気付きませんでした。ありがとうございます。」
ここで案内してくれた方がこのやり取りに気付く。
『ちょっと確認してきます』
彼女は中へ。そして外へ。
『入って下さい。』
やっぱり鳴っていたのね。

コンコン(ノック音)、「失礼致します」
ドアを開けて一礼。
荷物を入ってすぐ横にあった椅子に置く。
そして面接を行う中央の椅子へ移動。
その瞬間に
『どうぞおかけ下さい』
「失礼します」
『名前は○○さんですね』
「はい」
『生年月日を教えてくれますか?』
「昭和○○年○月○日です」
『はい。分かりました』
『見たところ緊張していないかもしれませんが、もし緊張していたら、なるべくリラックスして普段の力を発揮できるようにして下さい』
「緊張しています(笑)」

*こんな感じへ本論へ。
 面接の作法(ノック→「失礼します」みたいの)とかがあるの忘れてた。なんとかその場でやった感じ。
椅子に座る前に名前とか言うのかな~って思ったけど、試験官の方がすぐに座るように促してくれたので、そんなスキはなかったです。

まずは中央の方からの質問。
*『志望動機を教えて下さい?』
 記載した2点(重要性を持つ司法の場で働きたいこと、司法が円滑に運用されるための一助になりたいこと)をまず答える。
 それに加えて、記載しなかった「大学・大学院で法律を教えて頂いた教授、先輩、友人たちに対する恩返しの意味も含めて法律知識を活かせる職場で働きたいと考えていること」を答える。
 上記3点のために受験を決め、それに加えて願書取りに行った際に一緒にもらったパンフレットを見て、その中の人が楽しく、また、充実して働いている様子であったことも、動機を強くしたと答える。もっとも、「実際の現場では楽しいことばかりではないかもしれませんが、」とも付け加える。

*「司法が円滑に運用されるための一助になりたい」と答えられましたが、裁判所職員になったら、どんな仕事がしたいですか?
 まず、「どんな仕事があるかは分かっていません。」と正直に答える。
 その上で、法律事務所でのアルバイトでの経験を活かし、裁判所との期日請書のやりとりでの失敗談を含めて話す。
 「やりとりの中で「送付した書類が不備」という失敗をしました。それは裁判所の方の説明に従い、もう一度送ることで滞りなく受け付けて頂くことができました。弁護士事務所も失敗しないようにしていますが、それを最終的にチェックするのは裁判所の職員。そこでミスがないように、チェックを正確にしていきたいし、ミスがでにくいようなチェック体制を作っていきたい(リスクマネージメントに興味があることと絡めた気がする。詳しくは覚えてないが)。私に何ができるか分かりませんが、普段から興味があるリスクマネージメントを裁判所職員になった場合にも意識していきたい」
 というようなことを答える。

この辺りで、向かって左の方へ
*趣味で「野球」、特技で「盗塁を刺すこと」と書いていますが、キャッチャーだったのですか?
「ハイ」

*高校の部活でキャプテンなどやりましたか?
 「副キャプテンでした」

*自己PRのところで、「チームで目標に向かって取り組むことが…」と書いてありますが、具体的にはどのような目標を立てましたか?甲子園は目指しましたか?
 「春の選抜甲子園大会出場については目指しました。これは、強豪私立校が、一つ上の代が夏の大会で勝ち進むため秋の大会までの準備期間が短いことが多いことと、冬を越えると冬のトレーニングの成果のためか強豪校が一段と強くなるので。
夏の甲子園については、高校が神奈川県にあり、参加校が多いので、現実的にベスト8。自分たちが普通の県立高校出身でしたので。ただし、実際は3回戦で負けてしまいました」
と世間話風に。秋の大会で予選を突破した後で、骨折したことも言ったな。

*チームでその目標に向かって取り組むことに対して反対する人はいましたか?そのような時はどうしましたか?
 「幸運にも特に反対という人はいませんでした。ちょっとした意見の食い違いがある時は、まず相手が何を求めているか聞くように努めたように思います。ただ普段から、みなコミュニケーションをよく取っていましたので、特段不都合なことはなかったように思います。」
 多分高校野球部だった当時、そんな感じだった気がする。今度聞いてみよう。

*チームで目標達成するためにあなたはどのようなことをしましたか?
 「込み入った野球の話になってしまいますが・・・」とまず断る。
3人とも『どうぞ』という感じ。
 「私はキャッチャーでしたので、守備の際にはチームを仕切っていました。仕切りがきっちりできるようになるためにはまずは味方ピッチャー・野手の特徴をつかむということを心がけていました。また、私たちは強豪校ではなかったので、どうすればアウトを積み重ねられるかということを常に考えました。高校野球では、ノーアウト又はワンアウト2・3塁などの場面で前進守備をすると、2塁ランナーがとても大きくリードを取ります。そして、たいていは油断しています。なので、ピッチャーがわざとボール球を投げて、こっそり二塁手に2塁ベースに行ってもらい、私が2塁に送球し、アウトにするということをやりました。これは、とても簡単ですが、とても有効なアウトを重ねる手段となりました。こういうようなことは、チームメイトと常に考えていました」
 かなり具体的な野球談議(笑)

こういうようなことのやり取りをして、向かって右の方に。
*「印象深かったこれまでの体験」という項目でインドネシアでのことが書いてありますが、なぜインドネシアなのですか?
 「たまたまです」と答え、その経緯を話す。高校の同級生の中学時代の担任が、NGO代表で弁護士のインドネシア人とアジアの教育フォーラムで出会ったこと。同級生を通じて、インドネシア訪問を誘われたことなど。

*インドネシア訪問について迷いはなかったのですか?
 「なかったです。」とまず答える。そして、海外には興味があったこと、初めての海外ということ、インドネシアの主たる宗教がイスラム教ということもあり文化が全く違うだろうということで楽しそうだと感じたことなどを答える。

*そこでの苦労は?(これは左の人に聞かれた気もする・・・)
「特に苦労はなかったです。いつも楽しかったので」というようなことを答える。「強いて挙げるとすると、一人でインドネシアに行った時に、ガルーダインドネシア航空の飛行機が整備不良になり、予定時間が大幅に遅れるということがありました。そのため、ジャカルタの空港で迎えに来てくれる人と会えないということになりました。電話のかけ方が分からず、英語もインドネシア語もつたないので、自力で聞くことがなかなかできず困りました。そこで、日本語で客引きをするタクシー運転手に電話の仕方を尋ね、その人に電話をかけてもらうということがありました。それが苦労でしょうか。」

*教育支援をやる際の苦労は?なぜ教育支援なの?
 「苦労は特に感じたことはないです。ただ、私たちのNGOでは会員の方に募金を頂くのですが、その方々に『満足して頂くためにはどのようにすれば良いか』ということについては、かなり考えました。その結果、自分たちは教育支援に力を入れよう。これは会員の方にも分かりやすいかもしれないと考えました。また、スラムの子どもたちが教育をしっかり受けることで、情報収集、情報発信等ができるようになり、自分たちの力で自分たちの状況を打破できるようになるのではないか、これらのことを日本人の私たちが行うことで、スラム人々が日本に好意や興味を抱くようになるのではないかと思ったことから、教育支援を行うことにしました」
 だいたいこのような感じだったのですが、もっとグダグダと答えた気がする。

*具体的に教育支援ってなにやるの?
「インドネシアの小学校には制服がありますので、その費用の補助や、授業料・文房具費の補助です」

*「最近感銘を受けた事柄」について、アフリカのことを書いているけど、これは何がきっかけ?
 10年ほど前にゾマホンという方がテレビに出ていて、彼が学校建設や教育支援を行っているというのを知りました。それ以来、彼には興味があり、新司法試験が終わってからの時間を使って、やっと本を読むことができました。その本に感銘を受け、『実際に会って話が聞きたい!』と思い、インターネットで調べてそのイベントを発見し、すぐに申し込みました」

*自分でそういうイベントに参加することってこれまでもありましたか?
「これまではないです。特にこの3年間あまりは法律の勉強をしなければならなかったので、参加する余裕もありませんでした」

*「1対1で話した」ってあるけど、どうやってできたのですか?
「そのイベントは2部構成でして、2部の方で立食パーティーのようなものがありました。初めの15分くらいで主催者の自己紹介みたいなものが行われた後、隙があったので、一人で彼のもとへ行きました。そこで、彼の本を読んだこと、そこに紹介されていた本も読んだこと、ジャカルタの教育支援のNGOをやっていることなどについて話をしました。また、『後で続きを話しましょう』ということでイベント終了時にも話をして頂きました。」

*昔からそんなにグイグイ行く感じなの(笑)?
「昔、特に高校時代までは違ったような気がします。ですが、『発言すれば良かった』『自分の意見が全く見当違いのものか、それとも評価できる意見なのか確かめる機会をみすみす失うのは惜しい』などと考え、たとえ『空気を読めないヤツだ』と思われたり、『全然ダメ』と言われたりしたとしても、その機会を活かそうと思い、どんどん発言等するようになった気がします。

*じゃあ、今はどんどん行くのが地になっている感じですか(笑)?
「なっているかもしれません。良いか悪いか分かりませんが(笑)」

*「言語の力」ってあるけど、これは何ですか?
「これはゾマホンさんの祖国ベナンがフランスの植民地だったため、独立後も公用語がフランス語となりました。ベナンには各地域の言葉が数多くあったのですが、それらが採用されることはなかったのです。言語は、それぞれ文法や具体的な表現が違うこともあり、感情、思考を左右しうるそうです。ベナンの人々は自分たちに染みついた言葉ではないフランス語が公用語とされたことで、目に見えにくいですが、弊害が懸念されるそうです。インドネシアもオランダの植民地だったのですが、デビィ夫人の夫であるスカルノ元大統領が公用語をインドネシア語としたことで、国民がこれまでに染みついた感情や思考方法をあらゆる場面でも続けることができている。このようなことです。」
 文章にすると難しい・・・実際の面接では、試験官の方々に伝わっているかをうかがいながら話せたので、もっと流ちょうだった気がします(笑)口述試験でデビィ夫人を出したのは私だけかもしれませんね(笑)
ちなみに「それ面白いね!」と言って頂けました。

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