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【読書日記】ロイヤーメンタリング
ハーバード・ロースクール アラン・ダーショウィッツ教授の
     ロイヤーメンタリング
(著)アラン・ダーショウィッツ、(訳)小倉京子 (日本評論社)

☆9つ
 かなり良い本だった。弁護士になれたら座右の書。なれなかったら普通に良い本として手元に置いておく(笑)

 この本はハーバードロースクール教授によるもの。アラン・ダーショウィッツ教授は、憲法・刑法・刑事訴訟法・弁護士倫理の教授であり、かつ数多くの刑事弁護を務める弁護士でもあります。
 訳者の小倉さんも弁護士。そのため、法律用語も適切な形で訳され、さらに注で用語説明もなされているため、文意をはずすことなく、文章をスラスラ読むことができます。

 この本では、弁護士の在り方が書かれています。

 ニュース報道によると極悪非道のように言われている被告人の弁護を引き受けるべきか?
 アメリカでは「弁護士は救急車を追いかける(アンビュランス・チェイサー)」と言われ、それが悪いように受け取られているが、それは本当に悪いことなのか?悪いことだとしてもそれは誰にとって悪いことなのか?
 などにも言及されています。

 グッと来る文章が数多くありました。
 本当にこの本を読んで良かった。

 多くの法律家の方に読んでもらいたいものです。
 (もちろんアラン・ダーショウィッツさんの意見に賛成しない人がいても良いと思います)
 P117にある「刑事司法ゲームにおける13の法則」についてはどのような感想を抱くのだろう・・・

 法律家を目指している人にも何か感じることがあると思います。

グッと来た、もしくはハッとした文章をご紹介>

*かなり長くなってしまった・・・

・情熱的になることは、弁護士としての仕事に役立つだけでなく、人生の原動力としても重要です。私は、仕事に対してとても冷静で、距離を置くようになったため、何事も情熱を持って行うことができなくなった弁護士を何人も知っています。人生が職業的な冷静さに乗っ取られてしまったのです。
>もちろん著者は、プロフェッショナルとしての客観性や冷静さがなくてはならないことも述べています。

・しかし、役に立つアドバイスというのは、仕立て屋が一人ひとりの体に合わせて作る注文服のように、個々人にあったものなのです。
>アドバイスが一般的過ぎるものである場合には意味をなさないことがあることを意識しなければならない。それはアドバイスを受ける時もそうだが、自分が誰かにアドバイスをする時にも。

・軽蔑された被告人がまともな弁護士に弁護してもらうことが困難な状況にあります。
>弁護士はこのような人のためにこそ働かなくてはならない。

・「自由の精神とは、あるものが正しいということに確信を持ち過ぎない精神だ」
>この言葉は、ラーニッド・ハンドという有名なアメリカ人裁判官によるものです。かなりグッと来た。

・熱心な弁護をするためには、依頼人の適法な利益を、イデオロギーや自分のキャリア、個人的利益などといったものに優先させる必要があります。
・イデオロギーにかかわりなく最も精力的に弁護されるべき事件の頂点にあるのは、言論の自由にかかわる事件と刑事事件です。
>大げさに言うと、右翼の人からは「左翼だ!」と、左翼の人からは「右翼だ!」と言われるような弁護士になりたひ。
 2つめの文章が言っていることは法律を勉強した人はすぐにピンと来ると思います。勉強していない人も、自由な言論が保障されていない社会がどんなに閉鎖的で、風通しが悪いか想像できるかもしれません。刑事事件に関して、どんな小さい事件でもたとえば冤罪によって刑務所に入れられてしまったり、前科が付いてしまうことがどんなに辛いことか想像できるかもしれません。

・個人的には、私は犯罪者を軽蔑しますし、悪人の弁護をしているとき以外は善人の味方です。
・私たちは、依頼人の(長期的および短期的)利益に合致する限り、すべての争点について争い、すべての権利を主張し、検察官のすべての主張に反論する…。…それは、自分がいい気分になったり、得を積んだりするためでなく、倫理的で適法な手段で勝訴することによって依頼人を助けるためなのです。
>弁護士は“弁護人”としての役割を常に再確認しなければならないのでしょうね。

・サンヘドリン(新約聖書時代のユダヤ教の最高法院)では、満場一致で死刑の決議をした場合には、死刑を執行できません。なぜかと言うと、「満場一致」ということは、被告人はその裁判の中で熱心な弁護を受けられなかったことを意味するからです。
>知らなかった。ここも相当グッと来た。

・この国(注:アメリカ)の司法制度の中で純粋に独立した正義を行う組織があるとすれば、それは陪審だけです。陪審がいつも正義を行えるとは限りませんが、少なくとも陪審員は職業的な野望を持っていません。
>これはアメリカについて言われていることで、これが正しい意見なのか私には判断できません。ただし、このような意見があることを裁判員制度が始まった日本の人も知っておいて欲しい。

・原稿を発表する前に、何百人もの友人や同僚に見てもらわなければいけないと考えるような人にはならないでください。もちろん、そうすれば、結果はより「正しく」、批判が少ないものになるかもしれませんが、自分らしさを失ってしまいます。自分の書くものに、もっと自信を持ってください。
>程度は下がるけど、このブログではできてるな(笑)

・実際のところ、「一流の法廷弁護士のほとんどが一流のロースクール卒業生ではない」と言っても過言ではなりません。
・ロースクールの学生は、インテリジェンスと優秀な弁護技術とを混同することがあります。高度な知識があることは、効果的な弁護技術にとって確かに重要ではありますが、優秀な弁護技術そのものとはことなります。…しかし、何といっても鍵となるのはハードワーク、つまり、一生懸命働くこと以外にありません。

>とにかく、一生懸命に仕事に向き合って、さらに勉強をし続けることが大事なのかもしれません。

・つまり、事件というのは、準備段階で勝ち負けが決まるのです。そして、それがそのまま本番での結果となります。
・準備不足より、準備し過ぎが悪かったためしはありません。


・「絶対に~してはいけない」とか「常に~しろ」がつくアドバイスは、一般的に信用してはいけないというものです。

・依頼人は主人ではありませんが、代理人として行為しているときは、依頼人のためだけに行動しなくてはいけません。弁護士として依頼人のために働いているときは、あなたはリベラル派でも保守派でもなく、黒人でも白人でもなく、男性でも女性でもなく、ユダヤ教徒でもなければキリスト教徒でもないのです。あなたは、それが何であれ依頼人の正当な利益を代理するものでなければなりません。
>上から5つ目の前者と同じですね。こちらの方が具体的で分かりやすいかもしれません。

・よい弁護士というのは、法的倫理と個人的道徳の間の相反を常に気にかけているものです。この種の利害相反やその他の利害相反を解決する決定的な方法はありません。依頼人のために効果的な弁護をするためには、弁護士は、法律や職務規則が禁止していること以外のすべてのことを行わなくてはなりません。
>この辺りを読むと弁護人と検察官・裁判官との役割の違いが見えてくるかもしれません。

・勝つより負けたほうが依頼人にとって被害が小さいときには譲歩するということを学ばなければなりません。
>この判断はとっても難しそう。

・(OJシンプソンを弁護した際に、アフリカ系アメリカ人に大好きだと言われて)
 「私のことを好きにならないでください。明日になったら、あなたが軽蔑するどこかの人種差別主義者を代理していて、私を憎まなければならなくなりますよ」と答えました。
>この辺りでは、「弁護人と依頼者は同じなのか?」について触れられています。この辺りは情報リテラシー(情報(ニュース)を使いこなす力)の意味でも読んで欲しい。

・許容される戦略を用いないことは、憲法で保障されている熱心な弁護を受ける権利を被告人から奪うことになります。

・「私が自分だけのためにしか働かないとしたら、私は何者でもない」という言葉を常に頭に置いて下さい。
>「」内は、ヒルという、ユダヤ王ヘロデとアウグストゥスの時代にエルサレムに住んでいたユダヤ教聖職者の言葉

*一回ちょっとしか読んでないのに、本がもうボロボロです。。。



テーマ:紹介したい本
ジャンル:本・雑誌

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