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よっしゃー!
友人の結婚式も無事終わり(報告は後々するかも)、主要な用事は完了しました。

ということで、今日から勉強モードに戻ります!


最近新司法試験合格者・受験者の様々なブログを拝見させて頂き、非常に参考になりましたので、これを自分流にアレンジしつつ、去年以上にがんばろうと思います!

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テーマ:ひとりごと
ジャンル:日記

アルトリコーダーを10年ぶりに・・・
昨日シケタ記事を書いたんで、今日は気分を変えて。


最近アルトリコーダーを夜な夜な吹いています。

頭がおかしくなったからではありません(たぶん)。

土曜日に友人の結婚式の2次会のようなもので余興のBGMとして吹くことになったんす。

結婚する友人は、高校の野球部時代のチームメイト。

余興を野球部が担当することになり、野球部員の中の有志5名がやることに。

余興の内容は、一人が手紙を読んで、残り4人が“ド真面目”にアルトリコーダーで井上陽水 の名曲「少年時代」を吹くというもの。

余興というと笑いを取りに行くのが常道なんですが、地元藤沢で会議した結果、「ちょっとマジメっぽくこういうことやったら、それはそれで面白くなるんじゃね?」っていう軽いノリで、こういった内容に決定しました。

面白くなるかは手紙の内容次第です。
場合によっては泣かせることになるかもしれません(その期待は薄いですが)
さらに場合によっては、会場中が「( ゚д゚)ポカーン 」ってなる可能性も(これは大いにありうる・・・)


ともあれ、残り練習時間は2日間。

アルトリコーダーは今回のために調達しました。
ネットで頼んだのはなかったんですが、こんな感じの↓。私のリコーダーの色は白(カックイイ!!)。


高校時代、音楽の授業で使ってたのなんて、多分捨てた。

実際に吹く前は、「吹き方なんて、リコーダーを握ったら身体が勝手に思い出すだろう!!」とか思ってたんですが、ま~思い出さない。
リコーダーについていた「運指表」っていう指使いのマニュアルを見つつ、楽譜を見つつ、それはそれは必死に吹いてます。
誰か指導してくれ~~~!!


ゆっくーり吹くならなんとかなるかもしれないが、4人で揃えるとなるとなかなかしんどい。
実際に演奏者4人で揃って練習できるのは結婚式当日に早めに集まる時のみ。


さてさて、どうなるものやら。。。
テーマ:ひとりごと
ジャンル:日記

生き恥さらします(笑)
久々の記事なのにこんなことは書きたくなかった。


この↓ニュースを見て思ったこと

多すぎた法科大学院…新司法試験、崩れた構想
9月23日16時3分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090923-00000049-yom-soci


自分も新司法試験受験生。
恥を隠さず言うと、2回失敗。

先にこれだけは言っておくと、
「自分が受かってないのは自分の勉強不足に尽きる」ということを自覚しております。


自分の出身大学は中央大学法学部。
大学時代に法科大学院(ロースクール)ができることを知りました。
大学や法務省は
「ロースクールで3年間法律を勉強すれば通常司法試験に通るような制度を作ります。それまでは幅広い知識を習得したり、色々なことを体験して下さい」
と言ってました。
ということで浅はかな自分はあまり何も考えずに、大学時代には単位取れる程度の勉強しかせず、ボランティアしにインドネシアばっか行ってました・・・

蓋を開けてみればこの崩壊具合。

旧司法試験を受けていた友人は、「法務省などが言ってた通りになるわけないのはミエミエだった」とのこと。
たしかに、ロースクールの定員や新司法試験合格者数の目安を計算すると、当初の宣伝文句よりは低くなることは分かる。
でもね~。。。

ちなみに、私の大学院の未修クラス30人中7人が、2回の試験で合格しました。
うち、元裁判所事務官が1人、旧司法試験の勉強をしていた人が2人、法律系の大学院を卒業した人が1人、法学部出身者が2人、理工学部出身者が1人。

ここに挙げた人がみんな一生懸命勉強したのは間違いありません。
しかし、純粋未修(法学部出身でもなく旧司法試験を受けたことがない人)が合格するのは本当に至難のワザです。私のクラスメートは1人です。

働いていた会社を辞めてロースクールを卒業したものの、1回目の受験後に試験をあきらめた人も何人もいます。
ある社会経験豊富な年上の同級生は「貯金1000万円が学費、教科書代、生活費でなくなった・・・」とおっしゃっていました。

非常に厳しい制度になってしまいました。
受験生に不利な変更は多々あるが(合格者減。司法修習中の給与支給は来年から廃止され、返還する必要のある貸与制になる)、受験生に有利な変更は一切ない(卒業後5年以内に3回までという受験資格の制限などは変わらず)。

それが現在の新司法試験の実情です。。。

しかも、試験情報が一部で流れまくってるっていう話(噂なのか真実なのか・・・)がどんどんわい出てくる。
もう一度確認しておきますが、私が受かってないのは私の力不足なのは認識しています。。。
それを踏まえた上で、
A法科大学院では、
新聞報道もありましたが、ある先生が直前期に「ここは重要なのでチェックするようにと言ったのが実際に試験問題として出たり(その先生の処分に当たっては(目立つことを恐れたのか)法務省側から「処分を重くしすぎないように」と横やりが入ったという話も。またこの問題を法科大学院レベルで「問題だ!」と発表したのは1校のみ)、
答案練習会で出された問題が試験に出たり(しかもその問題を出題したのが法務省から派遣された検事という話も)、
模擬裁判で扱った問題が試験に出たり。
B法科大学院では、
とある先生の定期試験の1年分だけがどうしてもその学校の学生から出てこなかったり。
C法科大学院では、
ある先生が試験の1月ほど前にブログで「こういう問題はこう考えましょうね~」と書いた問題がそのまま出たり(公開されているとはいえ。。。)。
などなど。
こーいった疑惑が挙がる学校のほぼ全ては上位校。。。
司法試験だよ??


最後に一言だけ。。。
ニュースの中にあったこれ(↓)はイラッとした!!

「法科大学院の数が多すぎて、定員数が膨れあがってしまった」。ある法務省幹部は合格率の低さの原因をそう解説する。

たしかに合格“率”はその通りかもしれないけど、合格者“数”を減らすってのは、これと関係ないでしょ!


ほんとにクドイですが、私が受かってないのは私の力不足なのは認識しています。。。


ふ~。生き恥さらしました。
自分は自分でしっかり勉強します。。。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090923-00000049-yom-soci
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来年の試験に向けた勉強計画
勉強計画を考えてみました。

択一3時間
論文6時間
条文素読1時間

合計週65時間

が最低ノルマ。(ちなみにこれは量的なもの。中身はこれから具体的に考えます)

予備校の模試も受ける予定です。
模試についてのお金は、ありがたいことに、兄が出資してくれると言っています。
法的には贈与ですが、気持的には消費貸借です。
簡単に言うと、兄貴は「自分も楽しむから、返さなくて良い」と言ってます。自分の趣味に使うお金を削ってくれるようです。涙が出ます。が、これは来年どういう結果になろうとも返します。

具体的な点数の目標は、短答280点、論文480点。

しばらくしたら試験結果が法務省から送られてくるのでもうちょい修正する可能性も大いにありますが、自分に必要なことや去年度の勉強実績を考えると、大枠はこんな感じになりそうです。

これらの計画・目標を立てるに当たっては、新司法試験合格者のブログを勝手に参考にさせて頂きました。
こっそり感謝いたします(明日晴れなくても~旧司落ちロー生が三振目の平成21年度新司法試験で1桁合格を目指した日記です。http://d.hatena.ne.jp/lyouma/)


これからは、好きな本を気ままに読む生活はできなくなります。
バイトも終了です。
息抜きは友人の結婚式やほんとに疲れた時だけ。
しかも最低ノルマはこなす。

徐々にスタートをし始め、10月1日から全力で走れるようにしていきます。

テーマ:ひとりごと
ジャンル:日記

桜咲かず・・・
残念ながら新司法試験には落ちてしまいました。

この試験には回数制限があるので、私は残り1回です。

昨日の合格発表があった後、もう一回挑戦するかどうかとても悩みました。

私がそんな気持ちでいる中、昨夜、自然の流れで我が家では家族会議を催されました。
アメリカにいる弟にも電話で参加してもらいました。

父「弱音を吐くな」
母「自分の人生。しっかり考えて決めなさい。」
兄「お前以外はもう人生を180度変えるようなチャレンジをする機会がないんだよね~。やんなよ。お前がしんどいとかはど~でも良いけど、俺は楽しめる。」
弟「俺も就職決まったし、援助してあげるからやんなよ(笑)。来年ダメだった時に就活しても兄ちゃん(ほんとは愛称で私を呼ぶ)は就職できるよ」

それぞれ、励みになる言葉をもらいました。

他にも仲の良い友人や先に合格した友人、お世話になった教授からも、暖かく、時に厳しい言葉を頂きました。


これらの言葉をかみ締めつつ、自分なりに考えた結果、
もう一度挑戦することに決めました。

このブログはまた勉強生活中心の更新になります。
時には息抜きの更新もあるはずです。
書きたいこともあったし。

今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m

テーマ:日記
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【読書日記】「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯
「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯
                            文春文庫 城山三郎

☆7つ
こういうじいさんがいたことを知ることができて良かった。

この本は、経済小説など数多くの小説を手がけた城山三郎さんが石田禮助(れいすけ)という人のことについて書いた本。

まず小説の表紙の写真を見て頂きたい。(写真は記事一番下)
ビシッとしたスーツ姿に蝶ネクタイにシルクハット。
左手は腰に、右手にはこうもり傘。
この颯爽とした立ち姿のおじいさんは何者?と私は興味をそそられました。

石田禮助さんは、三井物産に勤めた後、交易営団の総裁、そして、国鉄の第5代総裁を歴任しました。

この石田禮助さんは、自分の思ったことは誰に対しても裏表なくキッチリ発言し、自分の筋をどんな場面でも通すことのでき、しかも耳の痛いことを言われた者からも愛されるという、類まれなる人間的魅力・信念を持っていた人。

三井物産時代の合理的で、会社に利益をもたらしてきた(もちろん中には失敗もあったようだが)仕事っぷりにも目を見張る部分があります。

しかし、この石田禮助さんの人間的魅力がバンバン発揮されるのは、国鉄(後にJR)総裁時代だと私は感じました。

当時の国鉄は、利益度外視のお役所仕事が蔓延し、監督官庁や国会議員からの締め付け・足かせもキツく、しかも労働組合が強力になりすぎていたという状況。

そんな中、石田禮助さんは国鉄総裁に就任します。この時、石田禮助さんの年齢は78歳
勇気ある決断だと思います。

彼の総裁としてのモットーは、「総裁の仕事としては、いやなこと、総裁でしかできないことだけをやり、決断はするが、実務は部下に任せる。弁解はしない。責任はとる。」というもの。

ここだけで、グッときました。
しかも、石田禮助さんは本当にこれを実践したんだろうなぁということを、三井物産時代の彼の働き、そして総裁時代の彼の仕事振り(国会での答弁の様子)を読むと、感じることができます。

実際の仕事の中から、彼が国鉄総裁として最も力を注いでいたであろうことを紹介します。
石田禮助さんは、「国鉄は合理化しなくてはならない」、「もうからなけりゃやっちゃいかん」ということを言い続けますが、安全については例外としていました。

総裁就任直後発表された一文の中に
「(深夜、夜汽車の響きが寝室まで届くことがある。)万物が平穏なひとときをひたすら貪っている時刻に、なお起きていて職務に励む人のあることを思うと、・・・“神よ、願わくは安全を守り給え”と祈る気持ちになる」
と書いています。


この一文が見せかけや上っ面だけでのものではないということを感じさせるエピソードがあります。

1963年(昭和38年)11月9日に東海道本線鶴見駅(神奈川県)で、死者161名、重軽傷者120名を出す列車衝突事故が起こりました。

この事故の知らせを聞いた石田総裁は、現場の指揮をとらせることを指示するとともに、時の総理大臣池田勇人に電話で「えらいことをやりました」と言っただけを絶句する。
そして、遺体安置所に駆け付けた、石田総裁は、棺の列を見て、顔いろを失い、足もともおぼつかない様子で、辛うじて焼香を済ませました。
そして、遺族を前にして「ほうとに申し訳ないことをいたしました」とうなだれるばかり。
その様子は、現場にいた国鉄の者にも記者たちにとっても、思ってもみないとりみだしようであったそうです。
この事故後、石田総裁は、給与を全額受け取らないことにし、その旨を文書にします。
こういった石田総裁の姿勢に世間も、そして遺族たちですら、理解を示し、励ます手紙もきたんだそうです。


この部分の記述を読んで、石田さんのお人柄に感服するとともに、昨今のJRの事故後の対応を憂わずにはいられませんでした。
(福知山線脱線事故におけるJR西日本と事故調査委員会の関係のニュースを聞くと特に感じます)


石田禮助さんの言動、仕事の取り組み方、家族への対応(詳しいことは城山さんの著作で。)の全てを真似することはできません(し、中には真似したいと思わないことも)。
しかし、「粗にして野だが卑ではない」という言葉に表れる、その筋の通った姿勢については是非とも自分も真似していきたいものです。

石田禮助という男の生涯については、是非ご一読下さい。
死に際、叙勲の断り方も見事です。
何かしらご参考になると思います。



テーマ:本の紹介
ジャンル:本・雑誌

【読書日記】新版・現代ヤクザのウラ知識
新版・現代ヤクザのウラ知識 講談社+α文庫
                           溝口敦

☆6つ。

溝口敦さんは、私が最も取材力と信念を持ってると感じているノンフィクション作家です。
そして、結構踏み込んだことを書く人なので、長男が山口組系の元組員に襲撃された経験も。。。
それでも書き続ける溝口さんを尊敬します。

彼の扱っている作品(にはハズレがない。

今回の本は、ヤクザ(暴力団)についての本。
もともとは1992年頃に出された本に、加筆して出されたそうです。

元の本が出された頃は、折しも暴力団対策法(暴対法)が施行された時期。
暴力団の活動の転換期として騒がれていた時です。

そしてその暴対法は最近(2008年)改正されました。
今回の改正では、組員が暴力団として不法行為を行った場合、組長が直接関与していなくても、組長も損害賠償責任を問われることになりました(暴対法31条、31条の2。民法715条「使用者責任」といわれるものの特則です)。

1992年・暴対法が施工され、ヤクザの変革期に出された本。
そして暴対法が改正された現在においても結構参考になると思います。


書かれている内容は“ヤクザのすべて”について。
ヤクザの誕生から、シノギ(仕事?)、政治家との関係、女性関係(奥さんとの関係も含めて)などなど。
最近巷でちょこちょこ話題になっている宗教法人とヤクザとの関係も出ています。


こっち方面に興味のある方はどうぞ!


テーマ:ノンフィクション
ジャンル:本・雑誌

斑鳩 ラーメン
あ~~、あれが食べたい。あれが食べたい。あれが食べたい。

ということで行ってきました。九段下にある 斑鳩!!
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食べたかったのはコレ(↓) スープが器の底にチョロッとあって、それをメンと絡めて食べるラーメン。
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ガーリック油そば 770円

味をどうにか伝えたいところですが、うまく伝えられないことをご容赦ください。
醤油風味のダシ、シコシコの麺、角切りにされたチャーシュー、一体にまぶしてあるガーリックチップ、甘味のあるネギ、
これらが非常にイイ具合で絡み合って、
これがほんとに ウッマーイ!!

たまにこれが食べたくなるんですよね。

斑鳩っていうお店は、普通の(っていうのも表現が悪いですが)醤油ラーメンが特に有名なんですが、この油そばもおいしいので是非どうぞ!

<お店のデータ>
住所:東京都千代田区九段北1-9-12
電話番号:03-3239-2622
営業時間:11:00-16:00 、17:00-22:00
定休日:日曜

テーマ:ラーメン
ジャンル:グルメ

【読書日記】日本史が楽しい
日本史が楽しい 文春文庫
               半藤一利

☆7つ

この本は「楽しい」というのもそうなんですが、「楽しそう」って言葉がよく合います。

著者の半藤一利さんはこないだ紹介した「幕末史」を書いた人。

この本は、半藤一利さんが進行役を務めつつ、各テーマごとにその道の専門家2人とともに対談しつつ、話を掘り下げるという形式が採られています。
ってことで、各テーマごとに3人が話をしてるんだけど、それが本当に楽しそうなんです。
(笑)とかが至るところに登場!
しかも、そんな(笑)を頻繁に使いながら話している人たちが昭和一ケタとか大正生まれの人たち(笑)

そして、その人たちが結構大胆な見解を発表していくんす。
上杉謙信が女とかね。

あと、みんな知識が豊富でウィットに富んでるから出てくる小話が面白い
・想像妊娠した女御がいるとか、
・明治13年に一番人口が多かったのは新潟県とか、
  (なんでだろ?って思って調べてみてみたところ
  →「この時期は、都市化が進んでおらず、日本人の9割近くが農業によって生活を成り立たせていたため、収穫高が大きい新潟県は人口涵養能力が高かった」byウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/新潟県)
・富士山の地名起源説の一つに「士に富む」(武士がいっぱい)ってのがあるとか
・ズーズー弁ではまずいから「ありんす」言葉ができたとか
・正月二日は姫始めの日とか(「福神のするを見給う二日の夜」)。


ほんで、扱ってるテーマが興味深い!
・お天気日本史
・大相撲のルーツ
・決戦 川中島の嘘
・隠居の効用
・落語に見る江戸っ子の研究
・「平家物語」とおおらかな日本人
・足利義満とその皇位への野望
・明治維新の志士ベスト10
・戦後をつくった対象知識人

挙げていくとキリがね~


グッと来た文章をご紹介>
(貧乏している人が、自分が財布を届けてくれた人に)
そのゼニは「こっちのふところに居にくくなって飛びだしたんだ」
by落語「三方一両損」


この本読むとドンドン日本史が好きになる(かも?!)


テーマ:本の紹介
ジャンル:本・雑誌

先輩後輩・・・
今日(日付け的には昨日)社会人野球の最高峰、
第80回都市対抗野球大会決勝戦
が行われました。

対戦カードは、ホンダ(HONDA)対トヨタ(TOYOTA)。
自動車対決。
ちなみにトヨタは、準決勝でこれまた自動車メーカーの日産を倒して勝ち上がってきました。

試合は、ホンダがプロ注目の長野選手のタイムリーヒットなどで3点先制するものの、トヨタが藤原選手の2ランホームランで追い上げるという手に汗握る好ゲーム!

そういう試合内容は、今回どうでもいいんす。私も全然見てないし。。。
(ちなみに結果はホンダが4-2でトヨタを下し優勝!!)。
それより大事なことは題にもありますように、「先輩後輩」のこと。

実は、ホンダの投手に高校野球の後輩がいるんす。

彼は私の1つ下。
彼は投手で、ぼくキャッチャーということで高校時代はバッテリーを組みました。
私が最上級生になった時には、彼はうちの高校の右のエースとして、それこそ獅子奮迅の活躍をしてくれました。

私は、彼と初めてキャッチボールをした時のことを今でも鮮明に覚えています。
彼が投げた球が非常に見えにくく、思わず顔を避けてしまい、左耳のすぐ横あたりでボールを取ってしまったのです。
彼は他校の野球推薦を蹴ってウチの高校(とあるネット上の記事によると“無名”の公立校)に来たのですが、このキャッチボールをした際、「すげーピッチャーってのは、こういう奴のことをいうんだな。。。」と思ったものです。ただのキャッチボールなのに、すっごくボールが取りにくかったんです。
(ちなみに僕らの代のうちの高校を弁護すると、公式戦で名門鎌倉学園に勝ったり(数十年ぶりらしかったんですが、、、)、練習試合だけど古木の一つ下の代の豊田大谷に勝ったりしたのよ)

ほんで、この記事で何を言いたいかというと、

今回の都市対抗において、後輩の彼は優勝チームの一員で、
先輩の私はバイトとして野球を滞りなくすすめる裏方だった
ということ。

別に選手が偉くて裏方のバイトが偉くないとかはコレッぽっちも思ってませんが、
この後輩が優勝チームの一員で先輩がバイトという関係がちょっとせつないな~思ったこと(ただ、ほんとは嬉しい気持ちの方が大きかったけど☆)。

試合が終了し、私のバイトも終わったころ、ちょっと彼に電話をかけてみました。
ひっさびさの電話です。

彼は忙しい中、電話に出てくれて、事情を説明すると、
「会いましょうよ~!!」
と明るい声で言ってくれました!

久々に顔を合わせると、
彼は、「(周りにいた他の選手に)高校時代のキャッチャーの先輩!(次に周りの選手を私に紹介してくれようとして)あっ、こいつは甲子園に出てて~・・・」とかしゃべったり。
甲子園なんて私にとってはめちゃくちゃ遠い世界だったんで、元甲子園球児に紹介されることがちょこっと恥ずかしかったです(照笑)

そんなこんなで、昔話やら今の話やら色々と楽しくしゃべることができました!
彼は今後の野球人生や、その先の将来のこともしっかり考えている様子。
成長した彼の姿にちょっとジーンと来たりなんかして。

最後に写真を一緒に撮って、握手して、近いうちに再会することを約束して、別れました。

ん~、今日はすごい充実してたなぁ。
電話して良かったなぁ。
良い後輩を持ったなぁ。
などとしみじみ感じました。

結局、
こういう先輩後輩関係も悪くないです。
いつかは、こっちの充実した話を後輩にビシッとできる先輩になれるようガンバロっと♪

今日は良い気分で眠れそうです。


一応、目線は隠しておきます。どっちが選手かは一目瞭然ですな(笑)
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テーマ:社会人野球、大学野球
ジャンル:スポーツ

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